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東京地方裁判所 平成9年(ワ)14160号 判決

原告

大成商事株式会社

右代表者代表取締役

岩田和彦

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

上武光夫

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

原告と被告の間において、原告が別紙供託目録記載の供託金につき還付請求権を有することを確認する。

第二  事案の概要

本件は、原告が、別紙供託目録記載の供託金の供託金につき還付請求権があると主張する被告に対し、原告に右還付請求権があることの確認を求める事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成九年四月一六日、訴外旭化成株式会社(以下「訴外第三債務者」という。)に対し、訴外株式会社イーグルプリンティング(以下「訴外債務者」という。)は、訴外第三債務者に対して有する売掛代金の総額を平成九年一月二三日付債権譲渡契約書により、原告へ譲渡したので民法四六七条により通知致しますと記載され、譲渡人として株式会社イーグルプリンティング株式会社代表取締役鷲崎武士との署名捺印があり、譲受人として大成商事株式会社代表取締役岩田和彦との記名捺印がある内容証明郵便(甲四の1)を送付し、右法内容証明郵便は同月一七日に訴外第三債務者に到達した。

2  訴外第三債務者は、平成九年六月九日、訴外債務者に対し、事務用消耗品の売買契約に基づく、弁済期を平成九年四月三〇日及び同年五月三一日とする一四五万〇五〇九円の買掛代金債務を負っているが、甲四の1に捺印されている印影が訴外債務者の通常の取引印によるものではなく、訴外債務者に確認しようとしたが行方不明のため確認がとれないので、債権譲渡契約の有効、無効が判断できず、右買掛金債務の債権者が訴外債務者か原告かが確知できないことを供託原因として、一四五万〇五〇九円を東京法務局へ弁済供託した。

二  証拠(乙二の1、2、三の1、2、弁論の全趣旨)により容易に認定できる事実

1(一)  訴外債務者は、一〇〇〇万円を超える源泉所得税、消費税及び法人税を滞納しており、被告は、右税金の徴収のため、国税滞納処分により、平成九年四月一八日に、訴外債務者が訴外第三債務者に対して、差押日現在有する売掛金債権を、差押え、右差押通知書は、同月二一日に訴外第三債務者に到達した。

(二)  被告は、右税金の徴収のため、国税滞納処分により、平成九年九月二五日に、訴外債務者が国に対して、有する一2項記載の供託金についての還付請求権を差押え、右差押通知書は、同年一〇月一日に国に到達した。

2  原告に対する平成九年一月二三日付取引基本契約に基づく一切の債務の不履行を条件として、訴外第三債務者に対して訴外債務者が現在有する売掛代金債権及び将来取得する売掛代金債権を、原告に譲渡する旨記載され、譲受人として大成商事株式会社代表取締役岩田和彦との記名捺印、譲渡人として株式会社イーグルプリンティング株式会社代表取締役鷲崎武士との記名捺印のある平成九年一月二三日付の停止条件付債権譲渡契約書(甲三)が存在する。

三  争点

1  訴外債務者の原告に対する、将来の売掛代金債権の譲渡が有効であるか。

被告は、この点につき、平成九年一月二三日当時、右債権発生の原因が確定しておらず、その発生を確実に予測しうるものでもなく、始期と終期も特定されておらず権利の範囲も確定されていないから、債権譲渡は無効であると主張する。

2  一1項記載の通知が、対抗要件として効力を有するか。

被告は、この点につき、右通知によっては、譲渡債権の同一性を認識し得る程度にその内容が特定かつ明確にされていないから右通知により対抗要件を具備したとは言えないと主張する。

第三  争点に対する当裁判所の判断

一  争点1について

債権譲渡契約が有効であるためには、譲渡の対象となる債権の範囲が譲渡人と譲受人間で確定されていなければならないと解される。原告が、原告と訴外債務者間の債権譲渡契約書であると主張する甲三には、譲渡の対象となる、平成九年一月二三日より後に訴外債務者が訴外第三債務者に対し取得する売掛代金債権につき、その終期の記載がないことが認められ、他に原告と訴外債務者間で、譲渡の対象となる、平成九年一月二三日より後に訴外債務者が訴外第三債務者に対し取得する売掛代金債権につき、その終期が定められたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、平成九年一月二三日現在、訴外債務者が訴外第三債務者に対して有する売掛代金債権は格別、平成九年一月二三日より後に訴外債務者が訴外第三債務者に対し取得する将来の売掛代金債権については譲渡の対象となる債権の範囲が譲渡人と譲受人間で確定しておらず、原告の主張する平成九年一月二三日付債権譲渡契約は、平成九年一月二三日より後に訴外債務者が訴外第三債務者に対し取得する売掛代金債権に関する部分につき無効と言わざるを得ないと思料される。

なお、原告は、甲三から譲渡債権の始期は平成九年一月二三日、譲渡債権の終期につき停止条件成立時と解釈され、譲渡の対象となる債権の範囲は確定していると解釈されると主張する。甲三において、譲渡債権の終期が停止条件成立時であるとの記載はないが、甲三には、訴外債務者は、原告に対する平成九年一月二三日付取引基本契約に基づく一切の債務の不履行を条件として、訴外第三債務者に対して訴外債務者が現在有する売掛代金債権及び将来取得する売掛代金債権を、原告に譲渡するとの記載がある。しかしながら、右記載は、訴外債務者に債務不履行があったときは、右債務不履行後取得する将来の売掛代金債権も含めて原告に譲渡する趣旨とみられるし、仮に右記載を、訴外債務者に債務不履行があったときは右債務不履行時までに訴外債務者が取得した売掛代金債権を原告に譲渡する趣旨と読めるとしても、平成九年一月二三日取引基本契約に基づく債務の不履行が必ず一回限りのものであるとは考えられず、債務不履行があれば、その都度債権譲渡の効果が発生する趣旨とみられ、そうすると、一つの債務不履行により譲渡の対象となる債権の始期及び終期は、甲三において、明瞭に特定されているとは言い難くなる。したがって、いずれにしても、平成九年一月二三日付債権譲渡契約は平成九年一月二三日より後に訴外債務者が訴外第三債務者に対し取得する売掛代金債権に関する部分につき無効と思料すべきである。

証拠によっても、訴外第三債務者が弁済供託した買掛金債務が、平成九年一月二三日当時に発生していたことを認める証拠はなく、むしろ、甲五(供託通知書)には、前記第二・一2項記載の供託原因が記載されており、その弁済期の記載からすれば、平成九年一月二三日当時発生していなかったのではないかとみられる。

したがって、前記のとおり、訴外債務者の原告に対する、将来の売掛代金債権の譲渡は無効であるから、原告が、別紙供託目録記載の供託金につき還付請求権を有すると認めることはできない。

なお、付言するに、仮に前記甲三の記載を訴外債務者に債務不履行があったときは、右債務不履行時までに訴外債務者が訴外第三債務者に対し取得した売掛代金債権を原告に譲渡する趣旨と読めば、前記第二・一2項記載の弁済供託にかかる売掛代金債務の弁済期の記載からすれば、供託にかかる債権のすべてが、原告の主張する訴外債務者の債務不履行があった時点である平成九年四月一四日以前に発生した債権であるかの点についても疑問があるところである。

二  争点2について

証人佐々木敏之の証言によれば、訴外第三債務者への債権譲渡の通知は、甲四の1を送付したのみで右甲四の1に添付された書面等はなかったことが認められ、甲四の1には譲渡債権を特定する事項としては、訴外債務者は、訴外第三債務者に対して有する売掛代金の総額を平成九年一月二三日付債権譲渡契約書により、譲受人へ譲渡したと記載されているのみである。

当該債権が二重に譲渡された場合には、確定、日付ある証書による通知によりその優劣が決っせられ、その結果、債権の取得者となるものに対して債務者は弁済すべき義務が生じ、劣後するものには弁済を拒絶しなければ債務者は二重払いの危険を負うことになるものであるから、債権譲渡を対抗するには、確定日付のある証書によって、譲渡された債権の同一性を認識し得る程度に内容を特定し、明確にされていなければならないと解すべきである。

甲四の1には、売買契約の目的物の表示、取引日時の限定等の一切の表示はなく、売掛代金の総額と記載されているのみであって、債権の同一性を認識し得る程度に内容が特定されているとは到底言えない。

なお、訴外第三債務者が、自らの判断で、譲渡された債権を推測して供託したからと言って、対抗要件として効力のない通知が供託により有効になることはないと解すべきであるし、前記供託原因からみて訴外第三債務者に対抗要件たる承諾があったとも認められない。

更に付言するに、原告は、原告の債権譲渡の通知が譲渡債権の不特定のため対抗要件としての効力を欠くとするのであれば、第二・二1(一)項記載の被告の国税滞納処分としての差押えの通知も債権の特定としては、原告の通知と同様な記載であり、差押えの通知も対抗要件としての効力を欠くと主張するが、原告において、債権譲渡の通知が、債権の不特定のため対抗要件としての効力を欠くことにより債権譲渡を債務者、第三者に対抗できないことは、被告の国税滞納処分としての差押えの通知の対抗要件としての効力の有無に影響されるものではないから、原告の右主張は主張自体理由がない。

三  一項のとおり、訴外債務者の原告に対する、将来の売掛代金債権の譲渡は無効であり、仮に右譲渡が有効であるとしても、二項のとおり債権譲渡の通知に対抗要件としての効力がないから、その余の事実を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判官宮武康)

別紙供託目録〈省略〉

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